ベトナムは成田から飛行機で7時間で到着するのに、 香港やシンガポールなどより、ずいぶん心理的な距離は遠かった。
1970年代のベトナム戦争や社会主義国のイメージがあり、 つい最近まで「ちょっと危険なんじゃないか」とか、 「行って大丈夫なのか??」とさえ思っていた。
ベトナム戦争で、ベトナム人が生き延びた理由を考えた。
戦争時に、ベトナム人を支えたものは精神力だけではないと思っていたが、 実際にベトナムに来てわかったのは、食。
お米は、1年間に3回採れる3期作。 タビオカ芋も植えてから3カ月程度で収穫できる。
クチのトンネル内に入った。
トンネル内への階段をおりると、小さな部屋のようなスペースがあった。 地下1階だ。
そこからさらに進むと、トンネル内が極端に狭くなってきた。
ベトナム戦争中に、ベトナム人が何を食べていたのか? すぐに育つ作物だったり、敵に見つからない食べ物でないと収穫までたどり着かないのではないか。
そんなことを考えつつ、クチのトンネルを出ると、 そこにイモが待っていた。
ベトナムゲリラの最前線だったクチにあるのは、 総延長250kmにもなるトンネルだけではない。
敵をあやめる最強の仕掛けがある。 それが、
Facebookを見ていたら、ニュースフィードに 世界の国別で、神を信じている割合の表が回ってきた。
道幅が極端に狭くなり、本当にクチに着くんだろうかと思い始めた時、 車はクチの入り口に到着した。
ここからは歩いて、やや薄暗い地下道を通り、クチの施設へ入場する。
ちょうど地下道の真ん中あたりに、もぎりのお兄さんが立っている。 どことなく異境への入り口のように思えてくる。
「ベトナムでは3年間の徴兵制度があります」 と、ガイドのドゥさんは言った。
黒塗りのTOYOTAは、ホーチミンからクチへ向けて走っている。 ゴムのプランテーションの真ん中を通る道を行く。
「おはようございます」
早朝6:30にレックスホテルのロビーにいると、 スキンヘッドで目がギョロッと大きいおじさんが、我々に挨拶してきた。
剃りあげられた頭を見て、ちょっとだけドキッとする。
ホーチミンのメインストリートのドンコイ通りから、 ぶらぶらと西に向かって歩く。
バイクの洪水を眺めながら、しばらく街歩きをしていくと、